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研究

自分自身を知り、世界へ羽ばたく

日本女子大学 文学部 日本文学科
文学部長
清水康行教授

研究分野

日本語学

言語は過去の遺産であると同時に現代の創造である

私の研究する分野は日本語学です。日本語に限らず言語というものは、自分自身で一から作るものではなく、必ず一世代前の、多くの場合、両親が使っている言葉を真似ることによって獲得していきます。私たちは、日本語を話す社会で育てば日本語を、さらに細かく言えば、その地方で話されている方言を、自分の言葉にします。その点から、言語は、常に過去からの遺産であると言えます。一方で、何か新しい現象が起これば、それを表す新しい言葉が作られ、新しいメディアが誕生すれば、それに乗った新しい言語が登場します。そもそも、ある人が放つ発言は、史上初めて、そういうかたちで表現されたものです。その点で、言語には、常に現代の創造という性格もあるのです。ですから、言語を観察することで、その人が育った社会がどのような歴史を背負った社会であったのかを知ることができ、一方で、その人の生きる現代の、私たちならでは創造性という面も見ることができるのです。

私が長く取り組んでいる研究に、蝋管という19世紀末頃から用いられた古い録音再生メディアの調査・保存・再生・分析があります。現在聴くことが出来る最古の日本語録音は、今から120年前、1900年のパリ万博時に蝋管に吹き込まれたものです。この中には、江戸生まれの女性の会話録音もあり、我々の世代では、抵抗なく面白く聴くことができるのですが、今年度の受講生に感想を尋ねたところ、「分かりづらい」「聞き取りにくい」という声が多く、驚きました。彼女らは使わない単語、馴染みのない言い回しが幾つもあったのです。100年前の世代と60過ぎの私の世代の日本語には連続的な繋がりがあるのに、それから約半世紀経った世代の日本語とは大きな断絶があるようで、大変興味深い発見になりました。

現代では、TwitterなどSNSで使われる新しい言葉が育ってきています。それを「打ち言葉」と呼ぶ研究者もいます。打ち言葉は、従来の話し言葉と書き言葉の両方の側面を持ちつつある表現です。話し言葉は即興性がある反面、言い誤りがあり、書き言葉には正しさの規範性が強い特徴があります。打ち言葉は、一方では書き言葉的な推敲が可能でありつつ、一方では話し言葉的な即応性があり、しかも話し言葉が持てなかった広範囲の伝播性、書き言葉が持ちえない同時的な伝達力があるのです。新たな言語メディアの登場は、さらに大きな言語の変革を生むかも知れません。

演習授業により社会で役立つ基礎が身に付く

さて、文学というものは、私たちが生きる上で必要不可欠ではない、いわば趣味の世界のように思われがちです。しかし、どのような状況であっても、人は言葉を介在にしてコミュニケーションを取り、その結果を言葉に残します。文学研究とは、言葉を媒介とした人間の営為に直接切り込んでいくことができる学問なのです。

現在、AIの普及が注目されていますが、AIが実用の世界にもっとも早く入ってきたのは、ワープロの漢字かな変換システムでしょう。文頭以外で「は」が出てくれば、それは助詞で、その直前までが名詞だと判断され、適切な表記が与えられますが、そうした名詞とか助詞とかのカテゴライズ、単位連続の法則性は、文法学の中で確立されてきたものです。このように、人文研究の成果は、現代の科学技術に直接貢献している部分も少なくないのです。

さて、本学の文学部は、日本の文学や言語に特化し探求する日本文学科、英語圏の文学・言語・社会に対して英米人ではなく英語を学習によって身に付けた者が挑んでいく英文学科、歴史的事象・資料を学問的に整理し現代や未来に繋がる問題を抉り出していく史学科、この3つの学科から成り立っています。言語に、文学に興味・関心を持つ若い世代に、これまで明らかになってきた知識と方法を引き継ぎ、自分のものとするための機会を与え、ともに学ぶことで新たな発見をしていくことは、日本女子大学文学部の大きな意味であり、また社会的意義でもあります。

文学部の大きな特徴として、すべての学科で1年生時に基礎演習の授業を設けています。それぞれの学科の基礎になるものを自分で調べ考察し身に付けていく演習形式の授業は、講義とは異なる知識・経験等を得ることができます。2、3年生時では、より踏み込んだ内容の講義と演習を通して専門性を深め、4年生時には学生自身が1〜3年生の間に見つけた課題・テーマでもって全員が卒論を書くことになります。卒業後は、多くの学生が一般企業に就職しますが、ある事項を基礎からしっかり調べ考察し整理して発信するというのは、どんな職種であっても必ず役に立つものです。本学文学部におけるこうした学習法は、社会に出た時に役立つ基礎的な訓練として実用的ノウハウが身に付くものとも申せます。

どのような状況下であっても学生を支援

自分自身を知りたい!と思う学生は、ぜひ文学部で学んでいただきたいと思います。言語を通して、文学や歴史を深く学ぶことで、自分とは何か、人間とは何かを知ることができます。本学部で学んでいただき、本当の自分というものを見つけ、世界へ羽ばたいて欲しいと願っています。

現在は新型コロナウイルス感染症の影響によりキャンパスライフを十分には楽しめない状況ではありますが、私たち教員は遠隔授業の中でも学生が自ら発見し学んでいくために全力でサポートしています。どのような状況であっても、機会は必ず見つけることができますし、大学はそのためのサポートを行います。コロナが収束し、普通にキャンパスで講義を受けられるようになれば、少人数教育を通して教員や先輩、同僚とともに学んでいく環境は整っています。新しくできた図書館など優れた学修施設もあり、存分に活用し学問研究に励んで欲しいと思います。

コロナによりグローバリズムそのものが見直され、そこを乗り越えた時に、これから日本女子大学に入ってこられる学生のみなさんはおそらく次のステージでの、もう一段上のグローバルな社会に大きく羽ばたいていくことになるでしょう。

プロフィール

清水康行(しみず やすゆき)教授
文学部長。東京大学文学部国語学専修課程卒業、同大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程中退。名古屋大学教養部助教授等を経て、1991年に本学文学部助教授に就任、1996年より同教授。主な著書・編著書に『黒船来航 日本語が動く』『日本語表現法』『百年前の日本語を聴く』などがある。

研究キーワード

日本語学、日本語史、近代「国語」成立史、録音資料

主な論文

東京弁、東京方言、東京語
上田万年の欧州留学に関する記録
1903年2月録音の東京落語平円盤資料群について
速記は「言語を直写」し得たか
東京語の録音資料

学術研究データベース