大阪・関西万博から見る「美術とナショナリズム」
2025.09.30

2023年に開設された国際文化学科では、1年次必修の「スタディ・アブロード・プログラム(海外短期研修)、以下 SAP」と、2・3年次必修の「実践プログラム(海外・国内)」という、2つの脱キャンパス型実習科目を実施しています。
日本美術史を専門とする水野僚子(みずのりょうこ)准教授が担当する「実践プログラム・国内」クラスでは、「歴史的建築・美術の調査研究方法の体験学習と美術文化の未来への継承」をテーマに掲げ、今年度は「大阪・関西万博(EXPO2025)」およびこれに関連した行事として関西の美術館・博物館で開催された「国宝展」※を通して、「万国博覧会とナショナリズム」について考察しました。
今回は、水野准教授にプログラムの概要を伺うとともに、参加した3名の学生に、実践プログラムで得た学びについて伺いました。

※大阪市立美術館「日本国宝展」、京都国立博物館「日本、美のるつぼ —異文化交流の軌跡—」、奈良国立博物館「超 国宝 —祈りのかがやき—」(いずれも2025年4月19日(土)~6月15日(日)開催)
「大阪・関西万博が発信するメッセージを現地で体験的に学ぶ」(水野准教授)
今年度の実践プログラムでは、世界的に高まるナショナリズムが大阪・関西万博でどのように表現されているのか、また、日本がどのようなメッセージを世界に向けて発信しようとしているのかを、現地で体験的に学ぶフィールドワークを行いました。
「美術」と「万博」は、密接に関係しています。「美術」や「彫刻」「陰影」という言葉は、万博を契機に作られました。万博は、「国家」の表象の1つであり、たとえば1900年のパリ万博では、日本は自国の「美術」を通じて歴史と文化を紹介しました。当時、極東に位置する日本は、欧米諸国に近代国家として並ぶ存在であることを、視覚的に示すため、新しい輸出産業としての美術工芸品を陳列するとともに、日本が悠久の歴史を持つ国家だと示すために、古美術を展示し、さらに初の『日本美術史』の概説書までフランス語で作り、展示しました。つまり「美術」を通して日本は、世界的に文化的価値をもつ国であることを伝えたのです。日本の美術は好評を博し、のちに「ジャポニスム」の世界的流行にまでつながりました。
こうした「万博」と「国家」の結びつきは、1970年の大阪万博でも会場内に美術館が設置され、美術がナショナリズムの発信手段となったことからもわかります。そして今回の大阪・関西万博でも、会場外ではありますが、大阪市立美術館、京都国立博物館、奈良国立博物館で、しかも同時に国を代表する美術品が展示されています。これほど多くの国宝が一堂に会するのは極めて異例のことです。

本プログラムでは2回に分けて関西を訪問しました。1回目は6月4日(水)〜5日(木)に、第五回内国勧業博覧会(1903)の会場であった大阪市立美術館と天王寺公園周辺の歴史的建築、そして大阪・関西万博を見学。2回目は6月14日(土)〜15日(日)に京都国立博物館と京都御所を訪問した後、奈良へ移動し、奈良国立博物館、春日大社、興福寺を巡り、現代にまで継続する、「美術とナショナリズム」についてディスカッションを行いました。
「実践プログラム」では必ず事前学習を行います。今回は万博や国宝展で展示される美術品について、3回にわたり基本的なレクチャーを行い、学生たちには現地で注目すべき点を考えてもらいました。
事後学習では、学生それぞれが現地で得た気づきを発表し合いました。今後は、美術品の保全・保管に関わる「修理工房」の見学を通して、伝統の意味や保存について考察する予定です。年明けには成果発表会も行われるため、学生たちは準備を進めています。

「日本人が日本の良さを再発見する機会」(3年 Y.Oさん)
大阪や京都・奈良の歴史的建築に関心があり、水野先生のプログラムを選びました。両親が関西出身で、幼い頃によく訪れていた京都の建築を、大学生の今改めて見たらどのように感じるのかにも興味がありました。
事前学習で、万博や国宝展の政治的な意味合いを学んだことで、現地を訪れた際には「この展示順は、日本がこう見せたい意図があるのでは」と考えながら観覧できました。
とくに印象的だったのは、万博や国宝展が海外向けの発信だけでなく、国内の人々にとっても日本再発見の機会となっている点です。「日本にはこんなに素晴らしい伝統文化がある」というメッセージが込められているように感じました。
SAPなどを通じて他国の文化や言語を学ぶ中で、自分は日本についてまだ知らないことが多いと気づき、少し恥ずかしさも感じていました。今回の実践プログラムで、日本の文化や美術について学べたことは貴重な経験でした。今後は、日本美術と日本思想史を結び付けた卒業研究を進めたいと考えています。

「展示に隠されたナショナリズムを考える」(3年 A.Oさん)
もともと政治に関心があり、2年次に水野先生の「日本美術史」や「アート・アクティヴィズム」の授業を受ける中で、美術と政治の関係に興味を持ち、このプログラムに参加しました。
体調不良のため、京都・奈良での2回目のみの参加となりましたが、「日本が美術を通してどのようにナショナリズムを表現しているか」という視点から国宝展を見学しました。
今年、JENESYS日中友好訪中団として中国を訪れ、上海博物館などを見学した際、展示エリアの入口に習近平国家主席のメッセージが大きく掲げられていたのが印象に残っています。美術とナショナリズムの結びつきは、日本だけのものではないと実感しました。
一方で、今回の国宝展ではナショナリズムのメッセージは一見してわかりづらく、水野先生の解説があってようやく気づけるものでした。この体験を通じて、発信者の意図を読み取る力、つまりリテラシーの重要性を再認識しました。
今後は、今回学んだことも生かし、自身のルーツでもあるマレーシアの「華僑文化」について卒業研究を進めていきたいと考えています。

「自分の“興味の外”に目を向ける」(3年 C.Sさん)
日本美術を学びたくて国際文化学科に進学したため、水野先生のプログラムは最も関心の高いものでした。これまであまり海外に興味が持てず、大阪・関西万博も同様でしたが、SAPや今回のプログラムを通して、(なかば強制的に)海外にも目を向けられたのはとても良い経験でした。
万博でもっとも印象に残ったのはマレーシアパビリオンです。竹を使ったパビリオンのファサードや伝統衣装のダンサーたちは、私の中の“マレーシア”というイメージそのものでしたが、内部の展示では、高速輸送システムや先進的な都市計画、アニメーションなどが紹介され、急速に発展する科学技術に焦点が当てられており、そのギャップに驚かされました。
また、プログラム初日に第5回内国勧業博覧会が開催された天王寺公園周辺を訪れ、昔ながらのたばこ店で明治時代の古写真を探したり、聞き込み調査を行ったのも印象に残っています。
今回の経験を通して「自分の興味のあること」だけを追うのではなく、つねに新しい視点を取り入れることの大切さを感じました。卒業論文では日本美術をテーマにする予定ですが、海外からの視点も踏まえてまとめていきたいと考えています。

国際文化学科「実践プログラム」とは
社会の課題が少し見えてきた2・3年次に、それらの課題を深く掘り下げ、知識と体験の境界を越えながら解決の糸口を模索する、全員必修の脱キャンパス型実習科目です。
プログラムには、協定大学や海外教育機関での研修を行う「海外研修a/b」と、国内施設での実習・ワークショップを行う「国内研修」があります。
いずれのプログラムでも、事前学習〜体験・実践〜事後学習を経て、その成果をICTを活用して社会に向けて発信します。