「人間らしい、質の高い生活」を問い続け、社会で活躍する女性を育む

2025.05.29

【新学部長インタビュー】家政学部 学部長 天野晴子教授(研究分野:生活経営学、生活経済学)

データをもとに生活と社会の問題をあぶり出し、「ウェルビーイング」を考える

私が研究している「生活経営学」「生活経済学」は、家政学と経済学の複合的な領域です。お金や時間などのデータから、生活の実態を客観的に分析。生活と社会との関係に注目しながら問題の構造を解き明かし、課題解決の方策を探る学問です。

例えば、家庭における女性の働き方の違いを見ると、経済的なリスクの差異が浮き彫りになります。世帯のタイプ別で統計を分析すると、貧困リスクが高いのは母子世帯と高齢の一人暮らし女性世帯。「では、なぜそうなのか」という要因を、社会と経済の仕組みから解き明かします。

また、生活時間調査や大規模データをもとにジェンダー分析を行って、ワークライフバランスの問題にアプローチしたり、家事や育児、介護などの「アンペイドワーク」を社会的に評価する手法を開発するなど、社会・経済政策を視野に入れた研究を行っています。

さらに近年では、経済産業省などが組織する審議会の委員をしていることもあり、カーボンニュートラルに向けた省エネ行動の変容というテーマにも取り組んでいます。そのひとつが、行動経済学の「ナッジ理論」を使った企業との共同研究。例えばエアコンや給湯器は、省エネ性能が優れていると購入価格は高くなりますが、光熱費は低く抑えられます。それらのコストの差がどのくらいで、何をアピールすれば、省エネ家電を選びやすくなるのかなどを調査。生活者があまり我慢や無理をしなくても、環境負荷を低減できる方法を探っているところです。

こうした研究の根底にあるのは、「その人がその人らしく、幸せになるためにはどうしたらいいか」を考える、Well-being(ウェルビーイング)を中心とした家政学的視点です。格差がもたらす問題をはじめ、同じ人でも人生には、元気なときもあれば、弱ってしまっているときもありますよね。さまざまな状況に置かれた人々が生活の問題を解決するために、多くの選択肢の中から財やサービスを選べるのが、めざす社会の姿です。

近年は、社会の持続可能性が叫ばれ、AIなどの先端技術が急速に進化しています。だからこそ、「生活とは何か」「人間らしさとは何か」に真摯に迫り、ウェルビーイングを具現化する研究を進めていきたいと考えています。

「生活者の視点」を大切に、人間らしい生活のあり方を研究

家政学部の歴史は、本学が創設された1901(明治34)年にさかのぼります。女性が社会で活躍することが許されなかった時代に、科学的な専門知識と人間としての高度な教養を身に着けることで、「心と経済の自由」を得て、社会を変えていく女性を育てることを目指して設置された学部です。

家政学の特徴は、「人とモノ」あるいは「人と人」の双方向の関係、相互作用を視野に入れた学問であることです。自然科学や社会科学、人文科学などを基盤にしつつ、衣食住などの物的環境と、個人や家族、コミュニティなどの社会的環境を対象にしながら、先ほど触れたウェルビーイング、人間らしい、質の高い生活をめざす学問です。

私たちの生活は、衣食住や育児、介護、就労など、多面的な要素から成り立っています。生活の営みそのものが持つ総合性を理解できるよう、幅広い領域のカリキュラムを用意。各分野のスペシャリストである教員たちが、深い学びの手助けをしています。

一方で、生活を横断的に俯瞰できる、学部共通科目が充実していることも特色。他の領域とのつながりや違いを見ることで、自分の研究が人間の生活にどう影響を及ぼしているかを検証することができます。

こうした「生活者の視点」を持てることが、家政学部の強みです。例えば「子どもの食事」を考えたとき、どんな衣服を着て食べるか、どこで誰と食べるか、あるいは季節や地域の伝統に触れられる要素はあるかなど、さまざまな切り口が生まれるでしょう。そうして、生理的機能だけでなく、精神的、文化的、社会的機能を持った「人間らしい生活」という観点でものごとを捉えることは、とても重要です。

家政学部では今後も、これまでの長い伝統を生かし、諸科学のさまざまな領域を盛り込んだカリキュラムを充実させていきます。

クールな視点と温かなハートを持ち、しなやかに生きる女性に

2024年の日本のジェンダー・ギャップ指数(GGI)は、146か国中118位。先進7か国(G7)の中では最下位です。ただ、それはまだまだ伸びしろがある社会だということ。少しずつ、女性が生きやすい社会になっていますし、「ホップ、ステップ」から「ジャンプ」へ向かって、さらに女性が活躍していけるはずです。

そこで大切なのが、その人ならではのオリジナリティや、他の人にはない視点です。家政学部には、女性の人生にかかわる多様なカリキュラムが用意されているので、自由な学びの中で、自分ならではの生き方を見つけられるはず。そして、4年間を通して得られる「生活者の視点」が、これからの社会を生きるあなたの強みになります。

家政学部の学生は、「しなやかに生きる」力を持っていると思います。研究をもとに科学的な専門知識を深めることで、社会全体を俯瞰しながら冷静にものごとを考えられるようになります。そして、家庭でも地域でも職場でも、不利な立場にある人に寄り添い、その人たちの思いを言語化して代弁する「擁護者」や「応援者」になれる。みなさんにも、そんな「クールな視点と温かなハート」を持って、社会で活躍していただきたいと思っています。

プロフィール
天野 晴子教授 あまの はるこ

家政学部長・家政経済学科教授

日本女子大学家政学部家政経済学科 卒業、同 大学院文学研究科教育学専攻博士課程後期 単位取得満期退学。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、青葉学園短期大学助教授を経て2000年に日本女子大学家政学部に着任し、2010年から教授として教鞭を執る。経済産業省産業構造審議会分科会委員、資源エネルギー庁省エネルギー小委員会委員、(一社)日本家政学会副会長、日本消費者教育学会副会長などを歴任。

研究キーワード

ジェンダー統計分析、持続可能な生産と消費、ワークライフバランス

主な著書

『ジェンダーで学ぶ生活経済論』(ミネルヴァ書房、2021年、共著)、『持続可能な社会をつくる生活経済学』(朝倉書店、2020年、共著)、『地域社会の創生と生活経済』(ミネルヴァ書房、2017年、共著)、『三訂 消費生活経済学』(光生館、2008年、共著)『生活時間と生活福祉』(光生館、2005年、共著)、『介護福祉における家政学』(一橋出版、2001年、共著)、『女子消息型往来に関する研究』(風間書房、1998年、単著)など