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研究

紫式部や清少納言に会うためには?

日本女子大学 文学部 日本文学科
文学部長(インタビュー当時)
高野晴代教授

研究分野

日本文学

高野晴代教授

扱う言葉は世界の古典の言葉から現代のIT用語まで

本学の文学部は、日本の文学と言葉の探求を深めるための「日本文学科」、英語圏の文学・言語・文化・社会について学び、国際的に活躍できる人材を育成する「英文学科」、そして日本史・東洋史・西洋史といった歴史学を通じて人の歩みをひも解いていく「史学科」の、3つの学科から成っています。

ただ、3つの学科とも目指すのは、言葉を縦横に使える能力を磨くこと。
それを使って、文学作品や歴史として現在まで残されたものに真剣に向き合います。そこに生きる人々を通して、人間とは何かを問い、物事を批判できる力を身に付けて、新たな生き方を求めていくのが文学部なのです。

古典的なイメージがある文学部。それでも研究し続けると、古いのではなく古典が示す新しい見方に驚きます。
日本文学科では、研究対象はその古語の世界にとどまらず、小説ならば村上春樹のような現代の文学もそのひとつですし、日本語学では卒論で方言やアクセントを扱ったり、また現在まさに多く使われるIT関係、たとえばSNSの言葉の特徴や、それがどのように社会や日常生活に入り込んでいるのかを考察したりすることもできるのです。

時を超えて伝わるメッセージ

私の研究は、平安時代の和歌や『源氏物語』を代表とする物語、『蜻蛉日記』などの日記文学が主な対象です。最近は「贈答歌」について考えています。
さて、みなさんは、メールを送ったあとすぐに返事がないと、相手から返事がいつ返ってくるか、自分の言ったことにどんな反応があるか、もしかしたら返事がないかも知れないかなどと心配しませんか?
平安時代の人たちは、直接会うことがなかなかできず、手紙でやりとりしました。手紙には和歌(贈歌)が入っていることが必須条件でした。和歌が入った手紙をもらったら、その和歌に対応する和歌を作って、できるだけ早く手紙を戻すのが決まりでした。ただ求婚の歌であれば、会ってください、という贈歌に対して、すぐにこちらも会いたい、などとは言わず、たとえば「私だけでなくみんなにそう言っているのでしょう?」などと切り返して戻すのが礼儀だったのです。そして究極の拒絶は、返事をしないこと!でした。

コミュニケ—ションの取り方は、平安時代と現代と変わらない部分もあるようですね。
私は、こうした状況を、多くの和歌の分析、当時の語句の使い方、政治状況や風習、建物や衣装などまで調査し、作品と照らし合わせながら綿密に実証して、贈答歌表現の実態を明らかにしようとしています。
たとえば『源氏物語』は、贈答歌を含め800首程の和歌が作品の中にちりばめられ、100人以上の登場人物の姿が書き分けられて、壮大な物語として生成されています。巧みな贈答歌の表現方法を探ると『源氏物語』の目指すものが読み取れます。特に、人間が生きることの苦悩や悲しみは、普遍的なものであることが、時代背景を含め詳細な研究から見えてきました。

こうして一千年の時を超えて『源氏物語』の様々なメッセージを受けとめることができるようになるのです。

お互いの理解を深め合うための力

これから本学を目指す生徒のみなさんに伝えたいことは、好きなもので構わないのでとことん本を読むということ。本は読んでも読み過ぎることはなく、何度繰り返しても思いがけない発見が必ずあるものです。
私自身が多読を試み、『源氏物語』や『枕草子』の世界に触れたのは高校生の頃のこと。その時、作品を通して、作者である紫式部や清少納言に会いたいと思ったことをよく覚えています。
大学に入り、作品の独自の描写を体系化したり、探究したりするという作業を重ね、今までの読書とは違う作品の理解が可能になりました。平安時代の「女房」とはどういうものかを調べ、仕えていた後宮のあり方を知ったことで、二人の生き方が見えてきました。このように学ぶことは、本質的な部分を追求することになりますが、それは真実を見極める力と言ってもよく、そこに向かって進める地力がついていったのだと思います。
そして、ようやく再現された二人に会えたのです。

このような力を身に付けるためには、講義ばかりでなく演習という授業が役立ちます。演習形式で行われるゼミでの授業、その中で卒論を仕上げていく過程では、自分で調べ、考察したことを、資料(プリント、パワーポイントなど)を作成して発表し、質問を受けますから、言葉を駆使して行われるプレゼンテーションとディスカッションの連続です。高いコミュニケーション能力が求められます。

始めにも申しました通り、文学部では、言葉を学ぶことが必須であり、世界はその言葉によって成り立っていると言えるのです。それを深く掘り下げ、相手を理解し、自分を理解してもらおうとする力は社会へ出た時にこそ発揮されるでしょう。文学部は単に過去のものを知るだけのところではありません。文学部での学びを通して、未来を切り開いていただきたいと思っています。

プロフィール

高野晴代(たかの はるよ)教授
文学部長。日本女子大学文学部日本文学科卒、同大学院博士課程後期、星美学園短期大学教授を経て、2007年から本学に着任。平安文学、特に和歌を専門とし、物語・日記などの和歌の役割と解釈、贈答歌、屏風歌などを研究対象としている。最近の著書・論文に『源氏物語の和歌』、「『更級日記』の「上洛の記」ー『伊勢物語』東下りとの比較を通してー」(『更級日記の新世界』)などがある。

研究キーワード

中古文学、王朝和歌、源氏物語、日記文学

主な論文

『源氏物語』の人々ー登場人物の生き方を知るー紫の上
源氏物語と和歌ー促された贈歌をめぐってー
『蜻蛉日記』下巻の道綱母詠ー「大人の相聞」という贈答歌の可能性ー
古今集時代における連作表現ー屏風歌の詠法を通して
幻巻の表現方法ー貫之「敦忠家屏風歌」の表現を視点としてー
「仁和御屏風」再考ー光孝朝屏風歌は、はたして存在したかー

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