情熱が未来を拓く:文学部で「推し」を見つけよう

2025.04.17

【学部長インタビュー】文学部 学部長 加藤玄教授(研究分野:中世ヨーロッパ史)

過去との対話、現代へのヒント:中世ヨーロッパ史研究の魅力

私が研究している領域は大きく分けて3つあります。ひとつは、私の研究の出発点になった「中世南フランスの地域・都市」です。フランスは南北で文化が異なり、食文化ひとつ取ってもパリを中心とした北フランスは生クリームとラード、南フランスはオリーブオイルとにんにくを多用するなどの違いがあります。これには、13世紀前半まで南フランスにフランス王権が及んでおらず、独自に発展した地域であることが影響しています。

当時の南フランスには、「バスティード」と呼ばれる特有の都市集落が数多く形成されていました。この地域では、イングランドとフランスが土地の所有を巡って権力争いをしていた一方、温暖化による生産力向上に起因する人口増加から農地の不足が生じていました。そこで、新しい都市集落を建設して入植者を集め、自治特権を与えることで、領地支配の拠点とする動きが広がっていったのです。バスティードは、碁盤の目のような街路設計(グリッドプラン)など、さまざまな特徴を持ちますが、それらがなぜつくられたのかを解明する研究を、建築や地理など他の分野の先生方と共同で行っています。南フランスでの権力争いは、より大きな英仏間の対立の一部でもありました。そこで私の研究は、次に「中世英仏関係」へと広がっていきました。

11世紀に、いまのフランス北西部・ノルマンディー地方の領主だったウィリアム1世がイングランドを征服して以来、「イングランド王はフランス王の家臣」という関係が続きました。しかし、先ほど触れた南フランスでの領地争いなどが火種となって双方の対立が強まり、14世紀に「百年戦争」が勃発します。ジャンヌ・ダルクが活躍した戦争ですね。この時代にはペスト(黒死病)も流行したので、「戦争と疫病の暗い時代」のように語られがちですが、じつは識字文化や印刷技術が発展した明るい側面もある時代です。この「中世末期のヨーロッパ」が3つ目の研究対象です。教科書や一般書の執筆・監修も行っていますし、ジャンヌ・ダルクについての伝記も書きました。

こうして中世ヨーロッパを研究していると、私たちが現代を生きるうえでのヒントが詰まっていることに気づかされます。例えば、ペストの流行で人口が減少すると、減った労働力を補うために農民の待遇が改善されました。少子高齢化で新卒の初任給が上がっていく現代と、似ているところがありますよね。また、近代日本はヨーロッパの政治や文化を参考にして発展を遂げました。日本のことを知るという意味でも、ヨーロッパの歴史を知ることは有意義だと思います。

歴史を研究する魅力は、知ることに限りがない、ということです。とくに、近現代ほど史料が残っていない中世は、研究を進めることで、自分しか知らない、これまで誰も考えていなかった対象にたどり着ける点が醍醐味だと思います。このように、一つの対象を多角的に掘り下げ、その本質や現代的意味を探る姿勢こそ、次に詳しくお話しする本学文学部での学びの根幹を成すものだと考えています。

3学科の多様な学びを架橋する:文学部の学びの未来像

文学部は「人文学(Humanities)」を究める学部です。テクスト(言葉や文献)を出発点にして「人間とは何か」「文化とは何か」を探求し、言語や歴史、思想などの人文学的素養を高めます。
 
本学最古の学部のひとつとしての伝統を大切にしつつ、2026年度には、新しい時代のデジタル化・グローバル化に対応した学科名称の変更を予定しています。まず、日本文学科は「日本語日本文学科」に改称。日本語学や日本語教育学も学べることを前面に押し出しています。史学科は「歴史文化学科」へ改称。宗教学や地理学に加え、歴史に紐づく文化的な表象(思想や文学)を含めた学びを提供します。そして両学科とも、漫画やアニメを含めたサブカルチャーなど、今まで文学部でメジャーではなかった事柄へと、研究対象を広げていきます。
 
文学部の特徴は、多様な学びにあります。英文学科の「グローバル・リーダーシップ・プログラム」といった、より専門性の高い学科独自のコースのほか、3学科の授業を組み合わせた副専攻(コース)の履修もできます。文化政策やマネジメントを学ぶ「文化マネジメントコース」、観光分野や文化産業での活躍を目指す「観光・文化コース」に加え、2025年度からは「デジタル時代の人文学コース」を新設。人文学の基礎に加えて、データベースや画像解析など、デジタル化に対応した調査・分析の実践的なスキルを身に着けつつ、AIが進化するデジタル時代をどうよりよく生きるかなどについて学びます。
 
学部長として私が実現したいことのひとつに、異なる学科間の学びを架橋する「ラーニング・ブリッジング」があります。この考えのヒントとなったのが、史学科の教員座談会「饗宴(きょうえん)」。さまざまな専門領域を持つ教員が定期的に集まり、毎回設定するテーマについて自由に話す企画で、他学科の教員も参加する取り組みに進化しています。
 
これを学生にも拡大すべく、文学部のランディングページ内で「文学部が詠む」という企画を開催。「デジタル時代の人文学」をテーマに、3学科それぞれの学生が、短歌や英詩、イラストで表現するコラボ企画です。また、他学科の授業や教員の指導をよりいっそう受けやすくするなど、さまざまな取り組みを進めていきたいと考えています。
 
そして、私たちが目指すのは「開かれた文学部」。例えば2024年度からは、高校生を対象とした「サマーセミナー」を開催し、各学科の多彩な体験型授業を提供。SNSによる発信や、地域社会の文化活動への参画、海外での交流プログラムなども積極的に進めていきます。

学問は究極の「推し活」:文学部で「好き」を力に

文学部での学びを、あまり堅苦しく考える必要はありません。じつは、学問は「推し活」に似ているところがあります。「推し」が見つかると楽しいし、コスパやタイパを考えずに「聖地巡礼」に励んだりと、惜しみなく時間を使いますよね。「推し」のことを知れば知るほど熱中し、時にはそれまでと違うギャップを知って、さらに魅力に感じることもあるでしょう。

それと同じように、自分が魅了される対象に対して強い情熱を注ぐ活動が、文学部での学びです。私たち教員は、一人ひとりにとっての「推し」が見つかるよう、さまざまな機会や体験を提供し、手助けします。学生のみなさんには、研究という「推し」の沼にはまり、対象へ突き進む力を育んでほしいと願っています。


過去の歴史や文化をしっかり学び、自身の感性や知性を磨ける文学部で、より良い未来に向かって生き抜く力を養ってください。

プロフィール
加藤 玄教授 かとう まこと

文学部長

東京大学文学部歴史文化学科 卒業、同 大学院人文社会系研究科修士課程 修了。同 博士課程で学ぶ傍ら、ボルドー第三大学ミッシェル・ド・モンテーニュ校へ留学する。東京大学大学院人文社会系研究科で助手、助教を歴任後、2009年に日本女子大学文学部史学科に着任し准教授。2018年から教授として教鞭を執る。

研究キーワード

中世南フランス地域・都市 / 中世英仏関係 / 中世末期ヨーロッパ

主な著書

「バスティードの歴史的背景」伊藤毅編『バスティード フランス中世新都市と建築』央公論美術出版(2009)
『中世英仏関係史1066-1500 ノルマン征服から百年戦争終結まで』創元社(2012)
『ジャンヌ・ダルクと百年戦争: 時空をこえて語り継がれる乙女 (世界史リブレット人 032)』山川出版社(2022)