多様な視点で「食」を科学し、よりよい暮らしを拓いていく

2025.04.04

【新学部長インタビュー】食科学部 学部長 中島啓教授(研究分野:臨床医学)

唾液アミラーゼと大規模保健医療データから、人々の病や健康にアプローチする

私が主宰する臨床医学・代謝内科学研究室では、糖質を分解する消化酵素であるアミラーゼの研究に取り組んでいます。ヒトはもともと膵臓でアミラーゼを産生していましたが、ヒトとサルは進化の過程で唾液中にもアミラーゼが存在するようになりました。私たちはこの唾液アミラーゼに着目しています。

以前から、膵臓の病気に関する研究の中で、膵アミラーゼについては多くの先行研究がなされていました。一方、あまり研究が行われてこなかったため、未知の領域が多いのが唾液アミラーゼです。

古くからコメを主食にしてきた日本人は農耕民族であるため、唾液アミラーゼ活性が他の民族より高く、人によっては狩猟民族の数倍に及ぶことがわかっています。これは、私たちの祖先が、わずかな穀類を効率よく消化するために進化を遂げてきたことを示唆しています。しかし、飽食や肥満が増加した現代では、事情が違ってきたのかもしれません。肥満や2型糖尿病の人では、唾液アミラーゼ活性がむしろ低い可能性が指摘されています。 

こうした唾液アミラーゼのはたらきが、糖代謝や肥満、2型糖尿病の発症などにどう関連しているか、唾液アミラーゼ遺伝子AMY1のコピー数の大小も調べながら、明らかにしたいと考えています。

もうひとつの研究は、 ナショナルデータベース(NDB:匿名医療保険等関連情報データベース)というリアルワールドデータを活用した保健医療の実証研究。厚生労働省から提供を受けた、関東1都6県の特定健診などの保健医療データ(構造化ビッグデータ)を解析しています。これには、1人あたり約4万におよぶ項目(健診結果、病名、投薬等)について、個人情報が秘匿化された数百万人分のデータが入っています。

今までの研究と異なるのは、1人ひとりの詳細な病歴や投薬歴が網羅された大規模データをもとに、肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの代表的な生活習慣病について、一見関係なさそうな病気や投薬なども多く考慮して、さまざまな側面から解析しているという点です。

この研究が進めば、特定の疾患に関係する要因の優先度をつけることが期待できます。そうなれば、患者さんに対して、「最優先は便秘の解消。それができたら睡眠の質向上、その次はアルコールを少し減らして、体重も…」など、可能な限り優先順位をつけて治療や予防に貢献できるようにしたいと考えています。

このように、唾液アミラーゼとNDBという2つのテーマを並行して研究していくことに、私はやりがいを感じています。前者は実験の対象も数十人ですし、イメージしやすい領域ですが、後者は膨大なデータを扱うため、なかなかイメージしづらいものです。ただ、世の中にも、触知できるものとできないものの両方がありますよね。パソコンのデータの海原ばかり見ていては現場の感覚から離れてしまいますし、目の前だけを見ていると研究に奥行きがなくなってしまう。それらをバランス良く取り組むことは、抽象化と具体化をうまく行うことにつながり、それぞれの研究に良い影響があると思っています。

57年の歴史を礎に、「食」の専門家を育てる新学部が誕生

食科学部は、2025年に開設された新しい学部です。前身は、57年の歴史がある家政学部食物 学科(食物学専攻・管理栄養士専攻)。人が生きるうえで欠かせない、食と健康に関する基礎知識を土台に、食品・栄養・調理の3つの分野を総合的に学ぶことで「食」の専門家を養成します。

大きな特色は、少人数教育。食物・栄養系の他の私学に比べて、教員に対する学生の比率がとくに小さい学部です。また、講義だけではなく、実験・実習を通して、実際に手を動かしながら学べるのも特徴です。実験・実習は20人程度のクラスで行われ、教員と学生の距離が近い環境で、充実した教育を行うことができます。知識偏重にならず、ものごとの背景にあるメカニズムやさまざまな要因をもとに自ら考える力を培います。

また、食科学科と栄養学科の2学科制になっている点も、本学部ならではの良さです。そもそも食料・食品がなければ、人間がその中にある栄養素を生かすことはできませんよね。食べるものについて科学的に究める食科学科と、食事・栄養素が身体にどのような影響があるかを究める栄養学科が、相互に補いあっているのが食科学部。2学科間の教員・学生が共同研究をするなど、交流も盛んにしていきます。食科学部食科学科の通信教育課程も同時に設定され、通学が難しい人がオンラインで学ぶことができます。

卒業後は、食品メーカーの研究職として商品開発に携わったり、家庭科教諭やフードスペシャリストなど、多様なフィールドで学びを生かせます。また栄養学科では、卒業時に栄養士資格と管理栄養士国家試験の受験資格などの取得が可能。医療機関や福祉施設、保健所などで、管理栄養士として多くのOGが活躍しています。

食に関係のない人はいない。たくさんの可能性を秘めた食科学を、ここで学ぼう

食科学部では、学生それぞれの考え方をしばらない、多様性を重んじた教育環境をつくっていきたいと考えています。卒業研究も、複数人が共同で行うこともあれば、1人で取り組む学生もいますし、学生の意思をできるだけ尊重します。

この学部で学ぶみなさんにお伝えしたいのは、「成果を急がない」ということです。一生懸命勉強をしても、期待する結果がなかなか出ないことはたくさんあります。私の研究も、数年から十年以上という長いスパンでようやく成果が出てくるものです。みなさんにはぜひ、他の人と比べたりせず、「半年前、1年前の自分と比べて良くなっていればいい」と構えて、じっくり学んでほしいと思います。

そして、食はたくさんの可能性を持った分野です。調理や栄養だけでなく、文化や医療にも関係していますし、食品包装や調理器具の開発など、農学・工学系の分野ともつながっています。「食べものが好き」という方はもちろんですが、そうでなくても、生物や化学が得意の人、病気の予防やアレルギーなど食につながるさまざまな事象に興味を持った人に、ぜひ食科学部で学んでいただきたいです。

世の中に「食に関係がない」という人はいません。この学部での学びを通して、科学的に食と栄養を考える専門家がどんどん生まれていけば、きっとよりよい社会づくりにつながると思っています。

プロフィール
中島 啓 教授 (なかじま けい)

食科学部長

防衛医科大学校 医学科卒業、同医学研究科修了。医師、医学博士。神奈川県立保健福祉大学 教授を経て、2022年から日本女子大学家政学部食物学科 教授として教鞭を執る。埼玉医科大学総合医療センター 内分泌・糖尿病内科の客員教授も兼任している。

研究キーワード

NDB-K7Ps Study アミラーゼ遺伝子多型 大規模保健医療データ解析 脂質異常症 糖尿病 栄養 肥満

主な論文

“Possible pitfalls in the prediction of weight gain in middle-aged normal-weight individuals: Results from the NDB-K7Ps-study-2”
"Moderate-to-Heavy Alcohol Consumption May Cause a Significant Decrease in Serum High-Density Lipoprotein Cholesterol in Middle-Aged Women: A Cohort Study of the National Database Study in the Kanto 7 Prefectures-4. "
“High Blood Glucose After Starch Loading in Young Women with Small Increase in Salivary Amylase: Another Crucial Role of Postprandial Salivary Amylase”
"What is the clinical significance of low serum amylase? Systematic review of the conditions associated with low serum amylase.”