手話で人とつながり、ろう教育の未来へ——「やってみたい」を行動に変えて
2026.09.25
中学生の頃、1本の動画をきっかけに手話を学び始めた、家政学部児童学科(※)4年の松田愛未(まつだあいみ)さん。高校時代には「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」で受賞し、大学入学後は、ろうの子どもたちを対象としたイベントやボランティア活動、学内での情報保障(音声情報などを、手話や文字を用いて聴覚障がい者に伝えること)などへ活動の場を広げてきました。
2025年4月には自身が住む自治体の社会福祉協議会の手話通訳者として登録され、2026年2月には厚生労働大臣認定資格である手話通訳士に登録。現在はさまざまな現場で手話通訳を行う一方、卒業論文では、ろう学校幼稚部における子どもの遊びについて研究しています。
手話との出会いから、ろう学校の教員を目指すようになるまでの歩みと、大学での学びについて聞きました。
手話との出会い——附属高校のクラブ活動動画がきっかけに
私は附属豊明幼稚園から日本女子大学に通っています。手話に興味を持ったのは、中学2年生の頃。進学予定だった日本女子大学附属高等学校のクラブ活動についてYouTubeで調べていたところ、「人形劇団ペロッコクラブ」が手話を取り入れた人形劇で、「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」に出場している動画を偶然見つけました。
ペロッコクラブは、人形や舞台装置などを部員が手作りし、地域の施設などで人形劇を上演しているクラブです。動画には、難聴の生徒を中心に、人形劇を手話と音声で表現する姿が写っていました。あとから聞いた話では、手話のできる顧問の先生やろう者の指導もあったようです。動画を見て、私も手話を始めてみたいと思い母に相談すると、その週末には近くの手話教室を探してくれました。見学後すぐに通い始めたことが、現在まで続く手話との関わりの始まりです。
コロナ禍で立ち止まり、もう一度手話へ
中学3年生の冬、新型コロナウイルス感染症の影響で、通っていた手話教室が休講になりました。オンラインの手話教室にも参加しましたが、音声を使わず、画面越しに手話や身ぶりだけで進む授業に難しさを感じました。相手が何を言っているのか分からず、自分もまだ手話で伝えられない状態でした。
一度は手話の学習から離れ、高校入学後はダンス体操クラブに入りました。しかし、コロナ禍で目標としていた大会が中止になりました。
活動が制限される中で、今の自分が最大限頑張れることは何だろうと考えた結果、思い浮かんだのが手話でした。高校1年生の冬にダンス体操クラブを離れ、手話教室への参加を再開。高校2年生の時には「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」に個人で応募し、特別賞を受賞しました。
ろうの子どもたちとの出会いが、将来を考える転機に
大学入学後、学内でろう学校出身の1学年上の先輩と出会いました。他大学の手話サークルに一緒に参加したり、先輩の誘いをきっかけに、ろうの子どもたちを対象としたスポーツイベントや夏キャンプ企画に携わるようになります。大学1年生の冬にスタッフとして参加した「わくわくデフスポーツ体験」は、将来について考える大きな転機となりました。
イベントでは、ろうの学生とデフアスリートが中心となって、ろう・難聴の子ども・CODA(親がろう者の子ども)・SODA(兄弟姉妹がろう者の子ども)たちにスポーツを教えていました。子どもたちが、年齢の近いろうの学生やろうの大人と手話で楽しそうに話し、さまざまなロールモデルに出会っている姿が印象に残りました。
私は児童学科で子どものことを学び、手話も続けてきました。その2つが初めてつながったように感じました。この経験をきっかけに、ろう学校の教員を目指すようになりました。
手話を「話す」ことと、手話を「通訳する」こと
手話の活動を始めて感じたのは、手話で日常会話ができることと、通訳ができることの間には、大きな壁があるということです。
通訳では、聞こえてきた日本語を手話にするだけでなく、ろう者の手話を読み取り、自然な日本語として音声で伝えることも求められます。
私の場合は、手話で表現することよりも、相手の手話を読み取る方が難しく感じます。読み取れなかったり、日本語の表現に迷ったりすると、本当に声が出なくなってしまいます。
日本語と手話では、文法における語順や程度・ニュアンスの表し方、情報の伝え方などにも違いがあります。単語をそのまま置き換えるだけでは、本来手話がもつ意味に誤った解釈を受けたり、わずらわしく感じられたりすることがあります。それぞれの言語特徴を理解して、日本語にした時に違和感がないように伝えることが必要になります。
実際に通訳をする中で、技術的な難しさだけでなく、手話通訳の役割について強く感じることがあります。手話通訳は、ろう者だけのためにあるものではないということです。
例えば、医療現場では、文字起こしアプリや筆談でも必要な情報を伝えることはできます。しかし、やり取りに時間がかかることで、診療に直接関係しない雑談や、医師から患者へのちょっとした声掛けが省かれることがあります。まだ読み書きのできないろう児が受診する場合、『今日、幼稚園にいってきたの?』というような会話も省かれてしまいます。通訳者がいることで、ろう者と聴者、双方にとって言葉の壁がなくなり、そうした自然な会話も生まれます。
手話通訳は、どちらか一方を支えるためではなく、お互いのためにあるものだと思っています。
児童学の学びを、ろう教育へつなげる
卒業論文では、「ろう学校幼稚部における遊びの捉え方」をテーマに研究しています。
私が子どもの育ちに関心を持つようになった原点は、中学3年生の時に取り組んだ「親子で楽しめる幼児玩具の制作」という年間研究でした。
それまでは、ただ子どもが好きという感覚でした。でも、子どもにはさまざまな発達段階があり、周囲の環境に大きく左右される存在だと知りました。子どもを守り、関わっていきたいと考えるようになったのは、その頃だったと思います。
指導教員の児童学科請川滋大先生は、専門外であるろう教育の研究にも寄り添い、ろう学校の見学や研究者とのつながりづくりを支えてくださいました。
請川先生は、『一緒に新しいことを学ぶのは楽しい』という姿勢で向き合ってくださいます。そんな先生がいる日本女子大学でよかったと、すごく感じています。
高校生へのエール:「やってみたい」と思ったら、一歩を踏み出してみる
附属豊明幼稚園から日本女子大学まで学んできた私が思う日本女子大学の魅力は、やりたいことや好きなことを、のびのびと追究できる環境があることです。
児童学科で、公立と私立の両方の幼稚園で実習を経験できたことも、自分の目指す幼児教育を考える上で大きな学びになりました。
高校生の中には、大学で学びたいことや、将来就きたい仕事がまだ決まっていない人もいます。
入学した時に明確な目標がなくても、大学に入ってから見つけられることはたくさんあります。入学してから悩める環境が、日本女子大学にはあります。迷いながら、自分のやりたいことを見つけて追求してほしいです。
(※)児童学科:「家政学部児童学科」は、2028年4月より「人間科学部人間発達学科(仮称)」の開設を構想中です。
