編集者が語る、デジタル時代に愛される「紙の本」とは?——文学部日本語日本文学科主催「本づくりワークショップ」

2026.06.29

【イベントレポート】国書刊行会編集者・卒業生 伊藤里和さんによるワークショップ開催

「国書刊行会」編集者による、本好きのためのワークショップ

6月11日(木)、日本語日本文学科は、編集者の仕事と本づくりの魅力を学ぶ「本づくりワークショップ」を開催しました。講師は、本学卒業生で編集者として活躍する伊藤里和(いとうりわ)さんです。
当日は、山口俊雄(やまぐちとしお)教授がモデレーターを務め、近代自主ゼミの協力のもと実施され、日本語日本文学科の学生を中心に約30名が参加しました。

プロフィール
伊藤 里和 いとうりわ

日本女子大学大学院 文学研究科日本文学専攻 博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。現在は株式会社国書刊行会で編集者として活躍。編集を手掛けた主な書籍に『定本 夢野久作全集』、大濱普美子著『陽だまりの果て』(第50回泉鏡花文学賞受賞作)がある。2025年、日本女子大学国語国文学会大会にて青木生子賞を受賞。

山口教授(写真左)/伊藤さん(写真右)
山口教授(写真左)/伊藤さん(写真右)

本づくりの流れとは?文芸編集者の仕事内容と見えない工程

本を1冊つくるには、家を1軒建てる以上の時間がかかることもあります。外からは見えない多くの工程があるからです。
 本づくりは、まず編集者が企画を立てるところから始まります。完成した原稿が持ち込まれてスタートするケースはむしろ稀で、編集者は常日頃ずっと企画を考え続けています。
たとえば《12か月の本》という全12巻のシリーズ企画は、電車に乗っているときに思いつきました。12か月のうちの〈ひと月〉をテーマに古今東西の小説・詩歌・随筆を集めるという企画で、「満員電車の窓の向こうと同じ季節の作品を集めた本があったら、単調に過ぎていく息苦しい日々にも季節の喜びを感じられるかもしれない」と思いついたときの人知れぬ高揚感を覚えています。
企画が固まったら、それにふさわしい執筆者へ依頼します。執筆が始まると、編集者はあらゆる手立てを尽くして執筆を支えます。国民的アニメ「サザエさん」に登場する編集者のノリスケさんは担当作家の伊佐坂先生の自宅に押しかけて原稿の催促ばかりしているイメージがあるかもしれませんが、実際にはまずそんなことはしません。落ち着いて書けないですからね。作家が仕事をしやすいように環境を整える、盾になって作家を守ることも編集者の重要な役割だと考えています。
伊藤さんが持参された国書刊行会の書籍を、1人1冊手に取った。写真右は《12か月の本》シリーズの『1月の本』。
伊藤さんが持参された国書刊行会の書籍を、1人1冊手に取った。写真右は《12か月の本》シリーズの『1月の本』。

原稿が書き上がると、執筆者に確認しながら原稿の形式を整える「原稿整理」や「原稿指定」を行います。1ページあたりの文字量や行数、書体やレイアウトなどの組版設計をして、読書体験そのものを形づくる工程です。私は開いた本のページを「料理のお皿」としてイメージしています。作品が乗っているのは、定食のお皿か、それともフランス料理のお皿か。大衆的な定食なら、お皿の縁までぎっしり料理を盛るようにページの余白を少なく取って文字も多めに詰め込みます。一方でフランス料理の場合は、ぜいたくな時間をゆったりと楽しんでいただくために、余白を大きくとって文字の1粒1粒を味わってもらえるように版面を工夫します。
校正・校閲といった本文の進行と並行して行なう、本づくりのもう1つの重要な要素が「装丁」です。装丁や帯のコピーは、読者が本を手に取るきっかけを作るものであり、誰にどんな風に届けたいか編集者の思いが込められています。書店で本の帯を見ると、「!」や「ついに」「待望の」といった言葉が多用されていることに気づくかもしれません。それはその本を作った編集者たちの「ついに出せる!」という心の叫びであったりもします。

写真左から ワークショップで自分の考えを書き出す様子/『法の書 〔増補新訳〕 愛蔵版』は天と小口を切り落とさずに製本した「アンカット本」。ペーパーナイフで切り開きながら読む(第56回造本装幀コンクール受賞作)
写真左から ワークショップで自分の考えを書き出す様子/『法の書 〔増補新訳〕 愛蔵版』は天と小口を切り落とさずに製本した「アンカット本」。ペーパーナイフで切り開きながら読む(第56回造本装幀コンクール受賞作)

紙の本の魅力とは?デジタル時代に伝えたい本づくりのこだわり

 ワークショップでは、「形のないものを本で表現するにはどうすればよいか」をテーマに考えてもらいました。形のないものとは、感情、思想、歴史、哲学、空想、魂、祈りなどです。本をつくるとは、形のないものに形をあたえる仕事ではないかと思います。
 
たとえば『火の書』では、作品の主題である「火」のイメージを伝えるために、デザイナーさんに「束見本に火をつけてください!」と電話でお願いしました(束見本〔つかみほん〕とは実際に使用する紙で作る製本サンプル)。その痕跡をスキャンして、裏表紙のデザインに取り入れています。さらに表紙の表面では、空押し(インクや箔を使わずに紙に型で圧力をかけて凸凹を作る加工)と印刷を組み合わせて、焦げたような質感を表現しています。
また「祈り」を表現すべく制作したのは、御朱印帳です。御朱印帳は紙を蛇腹状に折って作るのではなく、「かっくら返し」といって交互に重ねた2枚の紙の端に刷毛で手際よく糊をつけ素早くぴったり貼り合わせて作るのですが、製本の現場に赴いた際、職人の方々の鮮やかな手つき、技の美しさに感嘆しました。紙の本を購入し所有することは、そうした技術を文化として未来につなぐことでもあると感じています。
写真左から 『火の書』表紙の表面/同書の裏面。紙に火をつけた痕跡は右上
写真左から 『火の書』表紙の表面/同書の裏面。紙に火をつけた痕跡は右上
また、本文用紙には白い紙が使われていますが、これはどれも同じ「白色」ではないと気づいていましたか。書籍の本文に使う紙の「白色」には、大きく分けると「灰色・黄色・純白・赤」の4色があります。経年変化しやすいグレーの紙をあえて使ったのは『狂気の巡礼』です。「本とともに歳を重ねる」という体験も、本を所有する喜びの1つだと考えています。
色糸で綴じたり、パニエのように遊び紙を重ねたりすることで、本の世界観を立体的に表現したのは『ロリータ・ファッション』です。本の帯に書いたコピー「可愛いに命を捧げます」のとおり、「可愛い」を追求した1冊です。まだまだ他にもさまざまな工夫をこらした本をつくっていますが、これらは紙の本だからこそできる表現です。
写真左から 小口にシルク印刷でリボンがあしらわれた『ロリータ・ファッション』/ページをめくる際に匂いを楽しめるのも紙の本ならでは。学生は「本によって全然匂いが違う!」と話す
写真左から 小口にシルク印刷でリボンがあしらわれた『ロリータ・ファッション』/ページをめくる際に匂いを楽しめるのも紙の本ならでは。学生は「本によって全然匂いが違う!」と話す

デジタル時代における文学部の力とは

文学部で培われる力の1つは、物事を多角的に捉え、筋道立てて批判的に考える力だと私は思っています。いわゆるクリティカルシンキングの力です。目に見えるスキルとして示しにくい部分もありますが、社会の中で確実に役立つ力です。
ただし、それは意識して言葉にしなければ伝わりません。自分の考えや強みを言語化することが、とても重要だと思っています。
ワークショップでは、「自分を本にたとえると、どんな本になるか」を考えてもらいました。皆さんの本はまだまだ序盤でしょうから、これから思いがけない展開もあるかもしれません。家に帰ってからも改めて思い描いてみていただければ嬉しいです。

参加学生の声|本づくりと紙の本の魅力を学んで

 ■日本語日本文学科4年生
本の世界の奥深さに触れることができ、「文学部に所属していたのに、こんなに本について知らなかったんだ」と衝撃を受けました。編集者がこだわり抜いた1冊1冊が自分たちの手元にあると思うと、次の本選びが楽しくなります。また、私は『火の書』の表紙デザインのために、実際に紙に火をつけたというお話を伺って、リアリティーを追求するプロの姿勢に感銘を受けました。
 
■日本語日本文学科3年生
最近は本をデジタルで読むことも増えてきましたが、改めて「紙の本」を手元に置くことの良さをすごく実感できました。書店に行く機会が少なくなっていましたが、このあと書店に行きたくなりました。とくに印象に残ったのは、読者が本棚に本を美しく並べられるように、本の奥行きが揃うような工夫されているというお話です。編集者は本を作る側の仕事でありながら、読者を深く思って本づくりをされていることに驚きました。
ワークショップの後も、伊藤さんを囲んで話を聞く学生たち
ワークショップの後も、伊藤さんを囲んで話を聞く学生たち