【新学部長インタビュー】森羅万象を追究し、課題解決へつなげる力を磨く

2023.04.03

森羅万象を追究し、課題解決へつなげる力を磨く

理学部化学生命科学科 菅野靖史教授

微生物の未知の力を探究し、よりよい未来を切り拓く

私は、主として微生物を対象に研究を進めています。自然界には沢山の生き物がいますが、最も多く存在すると考えられるのは、目に見えない微生物です。微生物と聞くと、病気を引き起こす病原菌を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、実は悪さをする微生物は少ないのです。乳酸菌による乳酸発酵で作られるヨーグルトや漬物、酵母のアルコール発酵を利用したお酒やパンなど、私たちの暮らしになじんでいるものが数多くあります。微生物は、人間の生活を豊かにしてくれるのです。

私が主宰する微生物化学研究室では、微生物が持つ未知の機能を解き明かす研究を行っています。柱の一つは、キノコなどの担子菌に由来する酵素「DyP」の研究です。その特徴は、壊れにくい難分解性の合成化学物質も分解できる点です。

DyPは、過酸化水素と作用して物質の酸化反応を促す「ペルオキシダーゼ」の一種です。私は、1999年にDyP遺伝子を単離してから研究を重ね、2007年に立体構造を発表しました。しかし、その構造は従来のペルオキシダーゼの構造とは全く異なっていました。この事に関心が集まり、世界的に研究が進み、さまざまな生物にDyPと似たタンパク質が存在することが報告されました。私は、それらのタンパク質に「DyP型ペルオキシダーゼファミリー」と名付け、新しいタンパク質のカテゴリーを確立しました。それでも、まだまだ未知の部分が多いDyPについて、私たちはさらに突き詰めて研究を進めています。

もうひとつは、バクテリア(細菌)がつくるセルロースの研究です。セルロースはブドウ糖(グルコース)が結合した多糖類で、紙の主成分でもあります。近年注目されているのが、パルプなど植物由来のセルロース繊維を、人為的にさらに細くした「ナノセルロース」です。軽くて強い特徴があり、さまざまな用途への展開が期待されていますが、バクテリアの力を借りると、いとも簡単に純度100%のナノセルロースを合成できます。

バクテリアがつくるナノセルロースは生体へのなじみがよく、生分解性も高いのです。「ナタデココ」などの食品や、やけど治療用の人工皮膚として使われたりもします。しかし、非常にコストが高いことがネックとなります。私たちはその合成メカニズムを解明し、安価で高品質なナノセルロースの大量生産につなげたいと考えています。実現できれば、森林を伐採せずに紙や付加価値の高い製品を作ることができる未来が訪れるかもしれません。

私たちが自然界に排出したほとんどの物質は微生物が分解し、生態系を循環させています。仮に微生物がいなくなったら、動物も植物も絶滅するでしょう。微生物は、生態系の中でとても重要な役割を果たしているのです。そんな微生物のことをもっと理解して、うまく友達になることが、人間にとって大切なことだと思います。

理学の4分野をフレキシブルに学べる2学科体制

本学部の創設は1992(平成4)年です。私立の女子大学で理学部を置いているのは唯一、本学だけです。一般的に理学部は、物理学・化学・数学・生物学の4学科に分かれていることが多いですが、本学部は設置当初から2学科体制を敷いています。数学・物理学を基礎に最先端技術に関わる情報科学の力を身につける「数物情報科学科」、そして化学・生物学を柱に、それらの展開領域の理解を深める「化学生命科学科」を設置しています。そもそも学問の垣根は人間が勝手に作ったもので、理学の各分野の境界は実に曖昧なものなのです。そこで、学生がなるべくフレキシブルに勉強できるように、それぞれ関わりの深い数学と物理学、化学と生物学を集約しているのです。

理学の本分は、基礎研究を通して自然現象の謎に迫っていくことですが、現代においてはそれらの研究の先にある“プラスアルファ”を考えなくてはなりません。本学部には、化学・生物学であれば医薬や環境分野、数学・物理学なら情報通信など、応用展開の柱もあります。いわゆる伝統的な理学部ではできない、基礎と応用のバランスの取れた小回りのきく研究を行えるのが特徴だと言えます。

学生にとっては、さまざまな分野の研究を眺めながら、自分の専門を掘り下げていけるのがメリットになります。多様な切り口に触れながら勉強することで、応用分野への学びも得られます。また、理学部での実験は力仕事も少なくありませんが、共学校は男子学生が担うことがほとんどです。それらを含めてすべて自分たちで取り組む必要があるので、主体的に研究する力がつく側面もあると思います。

卒業後の就職先はメーカーのほか、情報通信系など幅広く、論理的思考力が評価され、銀行や商社などに進む卒業生もいます。近年は大学院進学も増加しています。本学部で勉強したことをもっと膨らませたいという学生が増えていることは誇りに思っています。

理学の探究を通して、社会を豊かにしていく意識を持ってほしい

理学は、自然を理解するための土台となる学問です。世の中の森羅万象について、「どうしてそうなのか」「それらの根源はなにか」を追究していきます。いま私たちが生きている現代文明は、先人たちの研究成果を応用することで発展してきました。その一方で、文明がもたらす弊害も大きくなっています。環境破壊や兵器を用いた戦争など、自然科学が悪い方向に応用されることが少なくないからです。私たちは理学の探究を通して、文明の「影」の部分を減らし、いかに「光」の部分を増やすかも考えていかなくてはなりません。

本学部で学ぶみなさんには、4年間を通して大いに理学に親しんでほしいと思っています。そして、「明らかにした自然の真理を、自分たちが生きる未来を照らすために使う」という意識を持って勉強してもらえたら嬉しいですね。一人ひとりのそうした心がけがきっと、よりよい社会の形成につながっていくはずです。

先ほど述べたように理学部では、さまざまな領域について学ぶことができる自由度の高いカリキュラムを用意しています。入学時には「まだ何に向いているかわからない」という学生も、学びながらじっくり進む道を選べるのが良いところです。卒業生からも「自分はもともと化学が得意と思っていたけれど、生物を学べて良かった」といった声が聞かれます。理科が好きだという高校生のみなさんには、ぜひ本学部に入って学びを深めていってほしいですね。

プロフィール
菅野 靖史教授 すがの やすし

理学部長。慶応義塾大学理工学部化学科卒業、東京工業大学大学院総合理工学研究科化学環境工学専攻博士前期課程修了。その後、日本たばこ産業株式会社に入社。海水総合研究所、生命科学研究所、本社技術調査室等で勤務する傍ら、東京工業大学で博士(工学)取得。同大資源化学研究所 助手・助教・准教授を経て、2012年から日本女子大学理学部物質生物科学科(現・化学生命科学科)教授。

研究キーワード

応用微生物、タンパク質工学、生化学

 

主な論文

「A structural and functional perspective of DyP-type peroxidase family」
「Recent advances in bacterial cellulose production」