【教員インタビュー】いまの時代だからこそ家政学を
2021.05.11
【教員インタビュー】家政学部 児童学科 岡本吉生教授
微生物の未知の力を探究し、よりよい未来を切り拓く
私の研究分野である臨床心理学は、臨床という言葉がついていますが、心の病気の人だけを扱うのではなく、困っていたり悩んでいたり心に問題を抱えている人たちを扱う心理学です。本人が意識して困っている場合もあれば、本人には自覚がなく周りの人が困っている場合もあります。そういう人たちすべてを対象として、その心を理解し、どう援助していくかを探求する学問です。
私は以前、家庭裁判所調査官の仕事をしていました。家庭裁判所で扱う人たちというのは、非行少年や家族に問題がある人たちです。臨床心理学を用いて事件を起こした人のことを理解し、心の問題なのか家族の問題なのか、何が要因で事件を起こしたのか、そしてどうのようにすれば立ち直ることができるのかを考えて、最終的には裁判官に報告します。非行少年というとすぐキレる乱暴者のイメージがあると思いますが、本質はすごく弱くて幼かったりします。彼らに寄り添い、自信を持って生きていけるように援助すると、見る見るうちに顔つきが変わってくるのがわかります。大人にわかってもらいたいという気持ちが素直に表現できない子どもたちなのですが、そのような心の苦しみを理解し適切に援助すれば、彼らは必ず立ち直ってくれます。
心の問題は人がいるところにはどこにでもあります。私は司法の場面が主でしたが、それは、病院はもちろん学校や会社など様々な場面で起こります。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、今後は働く人や学生の心の問題、あるいは人間関係の問題などに対して、カウンセリングや臨床心理学の知見や技術が必要とされることがますます増えていくのではないでしょうか。
家政学はSDGsそのもの
家政学(Home Economics)と聞くと、一般的には「衣・食・住について学び、良妻賢母を育てる」というイメージがあるかもしれませんが、家政学というのはそのような狭いものではありません。Home EconomicsのHomeは家庭あるいは拠り所であり、Economicsはエコロジーのような意味を含んでいると思います。Human Ecologyの概念を基盤に、水や大気の汚染などの環境問題、それらは地球全体のバランスがおかしくなって生じているのだから、循環性のある社会を作っていかなければならない、という見地に立つ学問が家政学なのです。いわば、国連の国際目標SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)そのものです。循環性や地球規模の問題を身近な生活の中に感じて考える--。衣服と人間の関係で言えば衣服は環境です。服を着ることで安全で健康に暮らせるとか、着た人がどういう気持ちになるのかを思いながら服を縫う。こうした考え方をもつことが家政的なのだと思います。食と人間の関係なら、ただ栄養バランスのよい食事を作ることだけではなく、食事を作る時に、これを食べると、人はどういう気持ちになるだろかと思いを巡らせ、人の幸福感につながることを常に考えていくことが家政学です。調理技術がアップしても、人の心が離れてしまっては違います。
心の問題とモノとの関係性が大切なのです。家政学は「ヒト・コト・モノ」を扱います。このことは人間が人間らしく生きるためにとても大切なことです。デジタル情報化社会になればなるほど、人間の根本である生活を営むという基本部分を並行して考えていかなければ、AIに操られるだけになってしまう、と私は危惧します。そう考えると、家政学は現代的な学問でもあるのです。
家政学部には共通科目があります。児童学科、食物学科、住居学科、被服学科、家政経済学科のいずれにおいも家政学を意識して学んでもらいたいからです。本学の創立者である成瀬仁蔵は最初に家政学部を創設しています。人間が人間らしく生きるために家政学が基本になることの重要性を、当時から見抜いていたのでしょう。
自分自身を理解し自信を持てるように
大学では大学でしかできないことをまずやってほしいと思っています。就職活動はもちろん大切ですが、大学の4年間はかけがえのない時間です。先のことばかり追いかけず、もっといま目の前にある事柄に熱中し、いろいろな経験をして、視野を広げてほしいと思います。
昔、日本人のある女性議員が視察で行った中国の子どもたちに童話『ウサギとカメ』を話し聞かせたところ、「どうしてカメはウサギを起こさないで行ってしまったの?」と尋ねられ、ハッとされられたというエピソードがありました。この物語はどちらが先にゴールするかを競う勝ち負けの話ですが、ひたすら勝つことにまい進したカメは横でウサギが寝ていたことなど思いもよらなかったのでしょうね。人間も同じで、狭い世界の中でゴールばかりを追いかけていると周りが見えなくなってしまいます。優しさや思いやりを失ってしまいます。時には立ち止まってみることも必要です。大学の4年間というのは、少し立ち止まってゆっくりと物事を考えることのできる、人生の中でもほんとうに稀有な時間です。
現代は不確実なことが多く、とかく確固としたものにしがみつきたくなります。ですから、自分の「外」にある有名企業に就職するなどして確固たるものを得ようとするのも道理ですが、それだっていつ倒産してしまったり、あるいは自分がリストラされたりするかわかりません。ですから、大事なことは「外」ではなく「内」、つまり自分が何者であるかをきちんと考え、体験に裏づけられた自信を持つことです。それを大学の4年間で培ってほしいのです。
それこそが、創始者の成瀬仁藏が掲げた教育綱領である「自発創生」「信念徹底」「共同奉仕」にほかなりません。まず自らが動いて何かを創り出し、それができたら徹底して最後までやる。そして自分個人だけではなく、みんなが幸せになるように社会に貢献する。成瀬の建学精神が息づく家政学部で学んでいただければ、きっと自信をもって世の中で生きていく力が身につけられます。
プロフィール
岡本吉生教授 おかもとよしお
筑波大学大学院教育学研究科修了、東北大学文学研究科博士課程後期3年の課程中退。カウンセリング修士。臨床心理士。家裁調査官として家庭裁判所(大阪・広島・東京家裁など)に勤務した後、埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授を経て、2003年から日本女子大学で勤務。主な著書に「司法・犯罪心理学」、「平成の青少年問題」、「刑事裁判における人間行動科学の寄与」、「機能的家族療法」(翻訳)など多数。
研究キーワード
犯罪心理学、情状鑑定、家族療法
主な論文
アタッチメントに基づく家族療法
少年司法法制の成果と課題—立ち直り(デシスタンス)研究から—
情状鑑定の実際から見た犯罪心理学の専門性と課題