Vol.19
藤谷さんへ
「藤谷さん」と、彼(元彼女)のことを呼ぶことにくすぐったさを感じる私は、実は小学校の頃からの友人です。豊明小学校では一緒に編み物をして、中学校では3年3組の教室で毎日大熱唱していました。まさか約二十年の年月を経て卒業生と、その友人兼、母校で働く教員としてこのような文章を綴ることになるとは、と驚いています。
昔からすべての行事と部活動にエネルギーを注いでいた藤谷さんは、皆の太陽のような存在でした。いつも笑顔で、優しく、友達を思いやる藤谷さんの周りにはいつも誰かがいたような気がします。喧嘩をするときも全力だったようなので、きっと“どんなことにもいつも全力”が藤谷さんの「信念徹底」なのかもしれません。
高校生になりクラスも部活も違う藤谷さんとは廊下ですれ違う程度でしたが、珍しく神妙な面持ちで呼び出された日のことは今も鮮明に覚えています。「弥生は弥生なんだから、好きにしたらいいじゃん」と言った私の言葉は、今思えば藤谷さんの覚悟に対して、あまりにも軽かったのではないかと大人になってから少しだけ反省しています。でも私や友人たちは本気でそう思っていたのです。見た目や身分証明書が変わったとしても、藤谷さん自身の個性や心の在り方は何一つ変わらない。
あらゆる教科で「あなたはどう考えるか」を問われ続けた本校の教育を受けた私の答えは、これ以外の何物でもありませんでした。
あらゆる教科で「あなたはどう考えるか」を問われ続けた本校の教育を受けた私の答えは、これ以外の何物でもありませんでした。
大人になり色々な学校や社会を見て分かったことは、友達の個性を当たり前に認め合える空間というのはなかなかないということです。人と違うことを恐れ、自分に嘘をつき誤魔化してしまうことほど悲しいことはありませんが、残念なことにそうしなければならない社会が未だに多いのが現実です。
それぞれの個性を尊重し合えることが“当たり前”のこの学校で大好きな友人たちと過ごした日々は本当にかけがえのない時間でしたし、今も教員として、そんな生徒たちと過ごせることを嬉しく思います。またご飯にいきましょう。できれば3年3組のみんな(+担任の峯岸先生)で!
それぞれの個性を尊重し合えることが“当たり前”のこの学校で大好きな友人たちと過ごした日々は本当にかけがえのない時間でしたし、今も教員として、そんな生徒たちと過ごせることを嬉しく思います。またご飯にいきましょう。できれば3年3組のみんな(+担任の峯岸先生)で!
理科 松本