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2026/07/03

  • 教員リレーエッセイ

【6月】実地踏査から得られるものー『おくのほそ道』ゆかりの地黒羽を訪ねてー

  • 『おくのほそ道』黒羽
  • 京都即成院
  • 金丸八幡宮那須神社

 2013年から西生田生涯学習センターで年一度、『おくのほそ道』の講座を担当させていただいている。『おくのほそ道』の章段をいくつか取り上げ、現地のスライドなどお見せしながら読み進めている。今年は白河の段を中心に読み進めていく予定である。
 ところで、講座の準備の一環として、必ず次回取り上げる地の現地踏査をすることにしている。時には芭蕉の時代と変わらないものに出会うこともあり、時代が移り変わっても変わらないものの存在を感じることができ、同時に必ずと言ってよいほど文献を読んだだけではわからない新しい発見があるからである。
 昨年訪れた黒(くろ)羽(ばね)(現栃木県大田原市黒羽町)は『おくのほそ道』ゆかりの地であると同時に、NHKのドラマ『風、薫る』のヒロインのモデルになった大関和(ちか)の出身地である。黒羽芭蕉の館においてもドラマに先んじて大関和の特別展示が行われていた。
 その黒羽には金丸(かなまる)八幡宮那須神社がある。かつて黒羽は那須氏一族の領地であり、その那須氏が氏神として厚く信仰した由緒ある神社である。那須氏といえば、源平合戦の屋島の戦いで一躍有名になった与(よ)一(いち)宗(むね)高(たか)がすぐに思い浮かぶ。『おくのほそ道』で芭蕉は「与市(一)宗髙扇の的を射し時、「別してはわが国の氏神正八幡」と誓ひしも、この神社にてはべると聞けば、感応殊にしきりにおぼえらる。」と記しており、与一が矢を射る際に一心に願を掛けた神様として記されている。さらに他の文献に当たると、『源平(げんぺい)盛衰記(せいすいき)』では「帰命頂礼八幡大菩薩、日本国中大小神祇、別しては下野日光・宇都宮、氏の御神那須大明神、弓矢の冥加あるべくは、扇を座席に定め」とあり、与一が祈願したのは『おくのほそ道』と同じ、氏神の金丸八幡宮とされている。しかしながら、『平家物語』では「南無八幡大菩薩、別してはわが国の神明、日光権現宇都宮、那須の湯(ゆ)泉(ぜん)大明神、願はくはあの扇の真中射させてたばせたまへ」とあり、与一が願を掛けたのは「那須の湯泉大明神」ということになっている。また、芭蕉の旅に同行した曾(そ)良(ら)が記した『曾良旅日記』によれば、那須の湯泉神社には八幡宮が合(ごう)祀(し)されており、宝物の与一の矢を見せてもらったという記述が見られる。
 さて、与一が願を掛けたのはどちらの神社か。二つの説が存在するが、神社の規模や格式、また近世(江戸時代)以降は黒羽藩主大関氏の氏神としてもとりわけ大切に崇敬されたことを考えると、与一の念頭には氏神である黒羽の金丸八幡宮那須神社があったのではないかと思われる。実際に現地を訪れると八幡宮の規模の大きさと厳かな様子には驚かされる。『おくのほそ道』の記述にも、「(与一が祈願したのは)この神社にてはべると聞けば」(この神社ですと聞きましたので)とあるように、今日でも地元ではそのように信じられている。
 『平家物語』中の那須与一の逸話はあまりにも有名であるがゆえに、どうしてもその記述を正しいものと考えてしまう。小さなことでも疑問を持ったなら、調べてみると意外と新しい発見がある。『おくのほそ道』の実地踏査から思いがけず『平家物語』の本文や那須与一の生涯を調べることになり、『おくのほそ道』も、もう一歩深く読み進めることができた。
 余談になるが昨年は与一とはとことん縁のある年であった。黒羽の実地踏査前、九月の選択校外授業では関西コースを引率したが、京都市内自主研修の巡回の合間に即(そく)成(じょう)院(いん)というお寺にお参りした。ご本尊阿弥陀如来を囲む二十五菩薩の半数近くが様々な楽器を手にしており、「仏像のオーケストラ」と称されていることに興味を持っての参拝であったが、なんと那須与一が生涯を終えたお寺であり、与一の墓所にもお参りした。不思議なご縁である。

国語科 鈴木