メニュー


授賞対象



八幡 幸子 氏(ファミリーショップやはた 代表)



授賞理由



東日本大震災後の住民支援活動、特に数多くのボランティアを受け入れた「ボランティアの母」としての献身的活動に対して



 

 岩手県上閉伊郡大槌町は人口15,277名(2010年)を有する、三陸リアス海岸に広がる水産業の盛んな港町であった。2011年の東日本大震災で、死者数859人行方不明者は426人を数え、人口の8.0%が被災するという甚大な人的被害を受けただけでなく、町の中心部全体を津波とその直後の大火災でことごとく失った。津波による死者だけではなく、町を飲み込んだ大火災により、焼死者の骨までも失ってしまい、被災地の中でも人口に比べて行方不明者のきわめて多い地域になった。対策本部を立ち上げようとしていた町長と町役場の幹部職員をはじめ40名の命がこの時津波で失われ、役場は壊滅、行政機能も麻痺した。被災者は住んでいた地域からばらばらにされて仮設住宅に入ったため地域コミュニティが分断されたほか、復興が遅れ、6年を経過した今もなお仮設住宅暮らしの住民がいる状況である。

 町がこうした壊滅的な被害を受けた時、地域のコミュニティストアを経営する八幡幸子氏は、大地震の津波により自宅兼店舗を直撃された。そこで寝たきりの夫を2階に助け上げ、自ら冷たい水の中に入り、近所の高齢男性などを海水から引き上げ、消えようとする命をつなぎ止めるための献身的な救命活動を行った。その後すぐに生き残った住民の支援活動を開始し、避難所などでさまざまな活動をしたほか、コミュニティストアの物品や炊き出しのできる調理器具など、持てるものすべてを提供して支援活動を実行した。その活動の中には日本女子大学食物学科の学生が参加した「お米プロジェクト」なども含まれている。コミュニティストアから住民一人ひとりに米や支援物資を届け、大槌町町民の大きな支えになった。また多くの地域住民が八幡幸子氏の活動をたたえており、地域コミュニティが壊れ、現在も人口流出が激しい大槌町において絶望した人々をつなぎとめ、絆を改めて結ぶ、大きな役割を果たしている。

 続いて県外、全国からやってくる多くのボランティアの受け入れ窓口として自宅を開放した。当時、ボランティアが宿泊する場所が大槌町にはなくなっていた。そこで古い店舗を改装して、ボランティアが一人でも多く泊まれるよう宿舎を整え、大量の布団を打ち直した。無償で朝食・昼食・夕食等を用意し、若い大学生などからなるボランティアにふるまった。老若男女を問わず、ボランティアたちは八幡氏の人柄に触れてリピーターとなり、海外(シンガポールなどの大学生)からも大槌町での支援活動に来日するようになった。これらの人数は2000人を超えるほか、本学の学生をも温かく受け入れ続けている。さらに大阪や愛知など日本全国の支援者の拠点となったほか、現在も人々が集まる地域の居場所として住居兼店舗がコミュニティの結節点になっている。

 以上の理由により、八幡幸子氏が報酬を求めることなく献身的で力強い支援活動を行い、直接数多くの大槌町民を支えたこと、さらに2000人を超えるボランティアの受け入れ窓口となり、住居を地域コミュニティの人々の絆を結ぶ拠点として機能させたこと、地域コミュニティを結い直すという多大な貢献に対して家政学部賞を授与する。