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リケジョのパイオニア 丹下ウメ(1873-1955) 

~日米で学位を取得した女性科学者~



リケジョのパイオニア 丹下ウメ


 鹿児島生まれで島津藩に仕えた家柄で育った丹下ウメは、幼いころ右目を失明するという不幸に遭遇しながらも、努力の末、鹿児島県立師範学校を首席で卒業し小学校教諭となりました。
 1901年、28歳の時、日本女子大学校の第1回生として家政学部に入学。卒業後、日本の薬学の父と呼ばれる長井長義のもと、日本女子大学校の助手として勤務し、大学に残りました。
 文部省中等化学教員検定試験に女子として初めて合格。東北帝国大学に、黒田チカ、牧田らくとともに入学し、日本初の女子学生「リケジョ」となりました。東北帝国大学を卒業後、大学院へ進学。その後、アメリカに留学。スタンフォード大学・コロンビア大学を経てジョンズ・ホプキンス大学にて、ステロール研究でPh.D.の学位を取得しました。
 帰国後、母校の教授として教壇に立つ一方で、理化学研究所鈴木梅太郎博士のもと研究を続け、1940年ビタミンの研究で東京帝国大学にて農学博士の学位を取得しています。当時としては、男性でも異例であった日本と外国の両方で博士号を取得した丹下ウメは、希有な存在として異彩を放っています。
 本学では、丹下ウメの功績をたたえ、丹下記念奨学金を設け、理学部の学業人物優秀者に給付奨学金を授与し、後進を育てています。