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本学第3代校長 渋沢栄一、新紙幣の「顔」に



 4月9日(火)、財務省は2024年度に紙幣のデザインを刷新することを発表しました。新しい一万円札の図柄に選ばれたのは、明治期の日本に資本主義経済を導入し、各方面で先駆的役割を果たした実業家の渋沢栄一(1840-1931)です。本学としても大変名誉なことと存じます。

 

 渋沢はその後半生で、実業界以外の幅広い分野(外交・社会事業・教育事業など)に目を向け活動を行いました。教育事業で、力をいれた分野のひとつが女子教育でした。

 1896年、大隈重信の紹介で本学創立者成瀬仁蔵と面会し、その熱意に動かされた渋沢は創立委員となり、本学創立に向けて大きな尽力を果たします。日本女子大学校が創立されてからも、経営面はもとよりさまざまな面で本校への援助を惜しみませんでした。1907年には純洋風の寮を寄付、自ら「晩香寮」と名付けています。

 また、本学は現在も体育教育に力をいれておりますが、それは開校の1901年、飛鳥山(王子)の渋沢の別邸の庭で行った第1回の運動会からつながる伝統です。成瀬仁蔵は、体育教育を女性の生涯を支える体作りの基本として重視し、その上でともに協力して行う体育活動を奨励していました。

 本学への援助だけでなく、渋沢は女子高等教育の重要性を説くために成瀬とともに地方を巡りその普及に努めた記録も残っています。

 

 自らの理想とともに成瀬仁蔵の信念に共感した渋沢栄一は、成瀬の死後も本学に心を寄せ続け、卒業式や創立記念日などには来校し学生たちと語らいの場を持ちました。91歳の高齢ながら、第3代校長に就任したのは1931年4月。11月に死去するまでその任を全うしました。「日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一ですが、本学の学生たちにとっては「私たちの優しいお祖父様」でした。



2019年4月12日

学校法人日本女子大学理事長 蟻川 芳子

日本女子大学学長 大場 昌子



創立当初の教職員らとともに
(前列左から3番目が渋沢栄一、4番目が成瀬仁蔵)