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軽井沢夏季寮の生活
──「三泉寮と三井家」   (目白キャンパス・西生田キャンパス)
 
 



 

 1906(明治39)年、長野県軽井沢の地に日本女子大学の夏季寮「三泉寮」が開かれました。
 
 その前のふた夏、体調をくずした創立者 成瀬仁蔵は、軽井沢にある三井家の別荘で静養し、心身ともに満ち足りた時を過ごし、回復しました。感謝の言葉と共に今後の教育の展望を語った成瀬の言葉を受け、三井家より新たな施設が提供され、それまで学内で行なわれていた夏季寮が軽井沢でも開かれることになりました。

 「三泉寮」、この寮名に成瀬は深い意味をこめました。軽井沢での自らの経験を、生命を養う水の源である「泉」と合わせたのです。三つの泉とは
  第一 健康の泉
  第二 智識の泉
  第三 心霊の泉
を表しています。

 三つの泉を汲むために、毎夏、学生は軽井沢に集いました。歳月を経て、軽井沢の自然や街や人が変わっていく中で、夏季寮生活も、日程や活動内容など様変わりしました。しかし、根底に流れるものはそのままです。
 開寮の時から今日まで、常に三泉寮は清らかな自然の中で、師や友と語らい、自らをみつめ高める場であり続けています。

 本展では、「三泉寮」とかかわりの深い三井家の人々と「三井家別荘」に焦点を当て、ご紹介します。



 
 

三泉寮の誕生と三井家の人々

 開校から3年後の1904(明治37)年、成瀬仁蔵は軽井沢の三井家別荘で静養と思索の時を過ごしました。
 翌夏も三井家別荘に滞在した成瀬は、アメリカ留学時代に参加したマサチューセッツ州ノースフィールドにおける伝道者ムーディーの夏期学校について語り、さらに、当時学内で行なわれていた夏季寮を軽井沢で行なう意義について述べました。
 その意見に賛同した三井三郎助は、ただちに自邸の敷地内に寮舎を建て、本学に提供しました。
 夏季寮には三井家の人々も訪れ、なかでも広岡浅子は寮生と起臥を共にし、名誉寮監として学生の指導にあたっています。

第5回生3年寮記念
前列中央・広岡浅子、右端・成瀬仁蔵

 


 

 


 


三泉寮と三井家別荘

 軽井沢の三井家別荘は、三郎助によって1900(明治33)年に建設され、家族の避暑ばかりでなく迎賓館として利用されました。三泉寮開寮後も成瀬は三井家に滞在し、寮生の指導にあたっています。
 三泉寮から坂を上った先に建つ二階建の白壁の洋館には、同じく二階建の和室が続いています。1916(大正5)年に三泉寮を訪れたインドの詩聖タゴールは、二階の和室に滞在しました。
 また、英文学部教授で成瀬の義弟にあたる服部他之助は、1926(大正15)年から亡くなるまでの11年間、毎夏を三井家で過ごし、成瀬の遺志を継いで学生の指導にあたりました。
 三郎助・寿天子夫妻の長男 三井高修(たかなが)の時代には大がかりな修理が行なわれ、1955(昭和30)年から1963年の間、本学卒業生の組織である桜楓会の夏季寮として提供され、大勢の卒業生が訪れました。


三井家別荘(1933年頃) 






   





 

三井家別荘の保存運動

 成瀬仁蔵やタゴール、本学の卒業生たちも滞在した旧三井家別荘は、現在は所有者が変わり、取り壊しの可能性も出てきています。本学名誉教授らによる保存運動が行なわれています。
 

2003年7月


 

2009年11月



 

  


目白キャンパス

展示期間
=2010年6月1日(火)~7月29日(木)
および以下の特別開館日 7/31(土)・8/5(木)・8(日)・12(木)・19(木)・26(木)
開館時間=午前10時 ~午後4時30分(特別開館日は不定)
休 館 日=日・月曜日、祝日 


西生田キャンパス(西生田記念室)

展示期間=2010年6月8日(火)~7月29日(木)
および以下の特別開室日 8/1(日)・7(土)
開室時間=午前10時 ~午後4時30分(特別開室日は不定)
休 室 日=土・日・月曜日、祝日